公演レポート
(文 吉本秀純 / 撮影 渡邊一生)
コロナ禍によって3月と5月に2度の公演自粛を余儀なくされ、入念な感染予防対策を徹底した上で8月15日に兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで開催された「尾崎裕哉 Premium Symphonic Concert 2020 -継承と革新-」。政府のガイドラインに基づいて会場収容人数の50%以内となる定員を遵守し、観客のマスク着用、入口での手指の消毒と検温の実施、公演の途中での場内の換気、ステージ上でのパーテーションの設置など。万全の安全策を講じて行われたコンサートは、ホール響くオーケストラによる生演奏の美しさとダイナミズムとともに、ボーカリストとして着実に進化を遂げながら次のステップへ踏み出そうとする尾崎の到達点を示した圧巻の全14曲となった。
全員が黒いマスクを着用したビルボードクラシックスオーケストラの面々が登場してチューニングを終え、指揮者の栗田博文がタクトを振ると、オーケストラが優雅な序曲を奏でるのをバックに尾崎が拍手に迎えられてステージ中央へ。そのままオープニング曲の「君と見た通り雨」を歌い、会場に集まった観客と配信を通して鑑賞しているファンに感謝の意を伝えた後に「この空を全て君に」と自身のナンバーを続けると、ピアノだけのシンプルな伴奏から父親・尾崎豊の代表曲のひとつであるメロウな名曲「Oh My Little Girl」を。世代を越えて聴く者の心に刺さるメロディと言葉で魅了した。
続くMCでは、公演タイトルを“THIS IS MY ANTHEM”から“継承と革新”へ変更したことについて触れ、自身と父親の唯一の繋がりでもあるという尾崎豊の楽曲に新たな表情や世界観を付けられたらと今回の公演テーマを語った。そして、前半のハイライトとなったのは、軽快なアレンジによる自身の「サムデイスマイル」に続けて歌った2曲だろう。躍動的なオーケストラにソウルバードクワイアのコーラスも加わる重厚なアレンジを施した「15の夜」に、エレガントな伴奏をバックにすることで歌詞の尖った言葉が浮き立った「卒業」。誰もが知る名曲中の名曲を“継承”しつつも、当時にはなかったアレンジなどで新たな魅力を引き出そうという意志が、そこには確かに感じられた。
ここで換気タイムに入ると、前半のヤマ場となった2曲について「なかなか緊張する曲の並びでして」と語りながら、コロナ禍のなかで曲作りとレコーディングを進め、10月21日には初のフルアルバム『Golden Hour』をソニーへ移籍して発表することを報告。後半は再び父の「Forget-me-not」から幕を開けると、続く「Lonely」では英語での歌い出しに、曲の中盤ではソウルフルなファルセットの歌声も交えながら、アルバムでの新境地を予感させる展開に。そこからスウィンギーなR&B調のリズムを伴った「音楽が終わる頃」、現代的なチェンバー・ポップ風のオーケストラ・アレンジも新鮮だった「Rock’n Roll Star」と続けて、父親とはまた異なった自身の方向性をしっかりと覗かせた。
そして再び、永遠のカリスマである父親の歌を継承する歌い手としての凄みが最大限に発揮されたのが、1988年発表のアルバムのタイトル曲でもある「街路樹」だった。もともとオーケストラとコーラスを伴った原曲の壮大なアレンジをほぼ忠実に再現し、起伏に富んだメロディをエモーショナルに歌い上げて聴く者すべてを圧倒すると、客席に手拍子を求めて自身のグルーヴィーな「27」へ。立ち上がって一緒に歌ったりすることはできないものの、着実に場内の一体感とテンションを高めたところで本編のラストには「Glory Days」を響かせて、クライマックスを力強く締めくくった。
アンコールでは、原曲のロマンティックで甘美な魅力を引き立てるように、流麗で繊細なオーケストラの伴奏をバックに名バラードの「I Love You」を。今回は会場に足を運ぶことができなかったファンのために、客席付近とステージ上に設置された6台のカメラを使っての臨場感に溢れた同時配信も行われ、ライブ・コンサートの貴重さと新たな楽しみ方の可能性を示すステージとなった。
<演奏作品 >
- 序曲~君と見た通り雨~
- この空を全て君に
- Oh My Little Girl
- サムデイスマイル
- 15の夜
- 卒業
- Forget-me-not
- Lonely
- 音楽が終わる頃
- Rock'n Roll Star
- 街路樹
- 27
- Glory Days
- I Love You
出演:尾崎裕哉
指揮:栗田博文
管弦楽:ビルボードクラシックスオーケストラ
合唱:ソウルバードクワイア
音楽監督:須藤晃
<募金実施について>
たくさんのご寄付をありがとうございました。
「Music Cross Aid」基金
本公演では、コロナ禍に痛むライブエンタテインメント事業者を支援すべく、日本音楽事業者協会・日本音楽制作者連盟・コンサートプロモーターズ協会の3団体が立ち上げた基金「Music Cross Aid」への募金を実施いたします。寄付金は、これからのライブエンタテインメント産業の復興、復活に役立ててまいります。
http://www.musiccrossaid.jp/
「京都フィル」募金
本公演に出演するビルボードクラシックスオーケストラは「京都フィルハーモニー室内合奏団」を中核に編成されております。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、公演のキャンセルが相次ぎ、48年間の活動を維持出来ない危機を迎えています。
皆様方の暖かいご寄付、ご支援をお願い申し上げます。
https://www.plus-social.jp/project.cgi?pjid=86
《尾崎裕哉の新番組 》
FM COCOLO「Night Time Dreamers」
毎週金曜23時~放送中
独自の目線で切り取った景色や感情を
音楽に乗せ解き放つ1時間。
番組サイト
《神戸新聞にインタビューが掲載!》
「父・尾崎豊の音楽残すのは自分の役割」「父の楽曲と自分の音楽観を融合させていく」と誓う尾崎裕哉
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君が君であるために
須藤晃(プロデューサー・音楽監督)
平成から令和に変わる。昭和が終わり平成になり、20世紀から21世紀になり、時は誰にでも平等に同じように過ぎていく。昭和の終わりに出現して突風のように駆け抜けて平成がまだ落ち着かないうちに消えてしまった孤高の天才尾崎豊。令和を前に再び彼を評価する声が高まっている。
僕がまだ高校生の頃には石川啄木や中原中也や萩原朔太郎という詩人に夢中になって毎日夕日に向かって詩集を読んだ。考えてみれば、その明治生まれの偉大な詩人たちも僕が高校生の頃はまだ没後50年ほどしか経ってなかったし、中原中也や朔太郎は30年も経過していない頃である。尾崎豊がなくなって27年だとすれば、今の中高生が彼の音楽を聴くことは僕にとってのそういった経験に近いのかもしれない。詩人たちがもしギターやピアノを手にして作品を発表しレコードというメディアがあったとしたら、僕は同じように貪るように聴いていたということだろう。今の若者たちが尾崎豊の歌を探し求める現象には驚きと感動がある。
尾崎裕哉はその父親との時間を長く過ごすこともなく彼の残した曲を聴きながら育った。息子にとっては父親の歌だけがストレートに繋がった静脈と動脈のようだった。そして尾崎裕哉は導かれるように音楽の道を歩み始め、新しい彼自身の作品を紡ぎ出している。
二人の「OZAKI」の共通点は、自分のためにではなく、救いを求める人の手をいつも探して、その人達のために歌うということだと思う。それは自分自身をも含めた、一生懸命生きようとするすべての人に向き合っている。生きることが難しい時代や社会に、凛として胸を張る存在が必要なのである。「僕が僕であるために」というメッセージはいま「アンセム」という形で時代の規範になる。
「僕が尾崎豊を歌い継いでいくことに喜びを感じます。そして父親が残したこと、やれなかったこと、全てを受け止めて、自分らしく生きていきたいです」
フルオーケストラでの夢のような幻想曲たちがまた奇跡をおこす。最高の舞台で最高の環境で尾崎裕哉が繋ぐ歌の力を目撃したいと思う。
◆須藤晃 すどうあきら
音楽プロデューサー。富山県出身。東京大学文学部英文科卒。
尾崎豊、村下孝蔵、玉置浩二、石崎ひゅーいらの制作パートナーであり、富山オーバード・ホール芸術監督を務めている。