CLASSCAL / INTERVIEW

外山啓介
《宿命》には、手が届きそうで届かない
心の渦のようなものを強く感じました

interview & text:山野雄大

国会議事堂が安保反対のデモ隊に取り囲まれ、死者を出す悲劇にまで至った危機的な政治闘争のなか…読売新聞の夕刊に連載されていた長篇小説『砂の器』(1960〜61年)は、激烈な時代の空気とは異なる、鮮やかな緊迫感を刻み続けていた。東京・蒲田の駅の操車場で発見された男の遺体。殺された彼はどこから来た誰なのか?事件の前夜、被害者と近くのバーで話し込んでいた謎の男、洩れきかれた訛りと名前…刑事たちは僅かな手がかりから、想像を越えた長きにわたる悲劇をたぐり寄せてゆく。

作家・松本清張の代表作でもあるこの長篇は大絶賛を浴び、その人気はおとろえることなく、幾度も映像化されてきた。最近でも5回目となるドラマ化が記憶に新しいけれど、変わらずに人気を誇り傑作の誉れ高いのが、野村芳太郎監督の映画『砂の器』(1974年)。脚本の橋本忍・山田洋次が原作から大幅に設定を変え、ミステリーでありながらスケール大きな人間ドラマへ、運命の強烈と生の悲劇を、映画でしか描きえない迫力と共に描き出してみせた。

原作者も諸手をあげて絶賛、国民的な大ヒットとなったこの映画の公開40周年を記念して、映画のなかで演奏され、強烈な印象を残し息長く人気を博し続けている音楽──ピアノと管弦楽のための組曲《宿命》を若き人気演奏家たちで聴くコンサートが開催される。

ピアノ独奏をつとめるのは、若手の人気奏者・外山啓介。自身も映画俳優のような凛々しい風貌だが、2007年のデビュー以来その誠実でダイナミックな演奏はファンをまっすぐつかんでいる。まだ20歳代後半の若い音楽家だから、生まれる前に公開された映画『砂の器』はDVDで近年初めて観たというけれど、「映画で流れるこの《宿命》には、手が届きそうで届かない心の渦のようなものを強く感じました」と印象を語る。「劇的な転調を繰り返してゆく音楽は、内に秘めた苦しみやもどかしさ、報われぬ思い…いろんなものがその演奏からも強く伝わってくるように思います」

その重みと深みとを今回、ステージで響かせてゆくわけだ。──ちなみに松本清張の原作小説では、刑事の謎解きに重きがおかれ、次第に正体が解き明かされてゆくキーパーソン・和賀英良も前衛作曲家という設定になっているのだが、彼の宿命を深く描き込んだ映画版では、ロマンティックな作風の作曲家にして天才ピアニスト、という設定に変えられた。

その彼が、自身の悲劇的な運命を乗り越えるべく、映画のクライマックスで演奏する自作こそが、ピアノと管弦楽のための組曲《宿命》。忘れがたい印象を残すたいへんロマン濃い音楽だ。

「譜面を見ても、とても上手く書かれている作品だと感じます。劇的な転調と言いましたが、それも非常に分かり易く強く伝わりますし、きらびやかでヴィルトゥオーゾな箇所もたくさんあって素晴らしいですね。ひとつの主題をどんどん変えて進んでゆきますから、そこに非常な音色の変化を求められる作品でもあります。──作曲された菅野光亮先生は、ラフマニノフを強く意識してこの曲を書かれたということを伺いました。ラフマニノフも自身が優れたピアニストで、弾いていると難しい箇所も“作曲家が実際に弾いて創っている”という必然性を感じるのですが、この《宿命》にもそれを感じます」

コンサートではそのつながりもあって、前半に外山啓介のピアノ・ソロによるラフマニノフ作品集も披露される。前奏曲《鐘》、そして心にしみる名歌曲《ヴォカリーズ》ピアノ独奏版…など。

「〈三つ子の魂百まで〉じゃないですけれど、ラフマニノフの作品には、彼が子供の頃から聴いて育った鐘の音がいろんなところに響いています。それをいちばんよく聴いていただける有名作、前奏曲《鐘》はやはり今回もぜひ聴いていただきたいなと思い選びました」

故国ロシアを離れて亡命生活をおくり、異国に後半生を過ごしたラフマニノフにとって、故郷の鐘の響きは“宿命”の音でもあったろう。そしてコンサートでは、映画『砂の器』の音楽監督をつとめ、菅野光亮の作曲にも力を貸した芥川也寸志の代表作《弦楽のための三楽章(トリプティーク)》も演奏される。

共演は、覇気も鮮やかに世界へ活躍を広げる指揮者・西本智実。そして彼女がミュージック・パートナーを務める日本フィルハーモニー交響楽団だ。ピアノの外山啓介も、このコンビとは既に共演を重ねて呼吸も良く知る仲。

「西本智実さんと最初にお会いしたとき“すっごくかっこいい!”と思ったのが第一印象なんですが、やはり凄くオーラの強いかた。お話してみるととても気さくで、ピアノとオーケストラの合わせもとても丁寧にして下さるし、寄り添ってくださるような演奏なんです」と外山は言う。

「西本さんは、オーケストラからとても重厚な響きを引き出されるかた。チャイコフスキーの《ピアノ協奏曲第1番》を共演させていただいた時も、西本さんは作品の気持ち良いところでオーケストラをがん!と鳴らして包んでくださるので、こちらも身を預けることができる。…西本さんのつくる音楽は、大きいんです」

ちなみに、「日本フィルさんは、僕がいちばん多く共演させていただいているオーケストラなんです」とのこと。「音大での同級生や先輩たちもたくさん在籍されていて行きやすい雰囲気もあるんですが(笑)、とにかく皆さん凄く優しくて!」と嬉しそう。「いつも『一緒に頑張ろうね!』と声をかけてくださるし、いろいろ親身なアドヴァイスもしてくださる。緊張するコンサート本番でもリラックスして音楽をつくることができるんですが…そういう皆さんの人柄って音に出るんだなぁ、と日本フィルの素晴らしく温かい音を聴くたびに思うんです」

傑作『砂の器』公開から40年、心つうじあう音楽家たちが、時を越えて《宿命》の深い渦を鮮やかに蘇らせる。メッセージは生き続けるのだ。

世界のクラシック音楽の新しい魅力を導く多彩なパフォーマンスを披露します。