西本智実×高見沢俊彦、“クラシック音楽の革新”へ
INNOVATION CLASSICS TOMOMI NISHIMOTO ×TOSHIHIKO TAKAMIZAWA(2.20)ライブレポート
音楽の革新に挑む二人の音楽家、西本智実と高見沢俊彦。2016年2月20日と21日、世界の舞台で活躍する西本&イルミナートフィルハーモニーオーケストラと、日本のロック界の頂点にたつギタリストである高見沢が、東京・Bunkamuraオーチャードホールで競演した。
【INNOVATION CLASSICS=クラシック音楽の革新】と題されたこの日のステージ。事前にアナウンスされていた、ヴィヴァルディ「夏」(『四季』より)をはじめとしたクラシックの名曲を複数演奏した第一部と、ムソルグスキー作曲/ラヴェル編曲の組曲『展覧会の絵』を演奏した第二部。その両方を通して、この日のオーチャードホールで表現されたのは、まさしく“クラシック音楽の革新”への挑戦そのものだった。
まず舞台配置は、客席から見て手前に西本&イルミナートフィルハーモニーオーケストラ、そして後方に高見沢率いるバンドが並ぶという配置。定刻を少し過ぎオーケストラが入場すると、それに続いて高見沢らバンドメンバーがステージに登場する。高見沢は他のメンバーよりもひとつ高いステージに上がり、今回の挑戦の最も重要な一人であることを、まずはそのポジションで示す。そして一曲目はバンドメンバーのみによる「Takamiy Classics Fantasy op.1」からスタート。浮遊感のあるシンセサイザーの響きと照明が照らし出す幻想的な雰囲気の中、高見沢のギターが鳴り響き、ホルストの「木星」(組曲『惑星』)など、誰もが知っているクラシックの名フレーズを次々と引用、ロックの演奏で聴かせていく。まずはロックの側からクラシック音楽へ、今回の取り組みへの決意表明のような演奏だ。
その演奏が終わると、今度は西本がステージに登場。第一部のハイライトとも言えるヴィヴァルディ「夏」<第3楽章>が始まる。演奏は西本指揮によるオーケストラから、高見沢率いるバンドへ、そしてまたオーケストラへと、まるでバトンを受け渡すかのように交互に演奏するパートを経て、次第に両者の音が重なっていく。その激しい応酬と高見沢の圧巻のギター・サウンドによって、ヴィヴァルディがかつて描こうとしたであろう、情熱的な夏の光と熱を現代のホールに描き出す。この曲が本来持ち得る魅力を、ロック・バンド的な音の激しさによってさらに引き出そうという、野心的でありながら本質的な解釈に息を呑む。
その後、バンドは一度下がって、今度はオーケストラのみでマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲を演奏。前曲の激しさがもたらした余韻を鎮めるような選曲と演奏で、この日のコンサートに必要なエレクトリックのロックと生音のクラシックとの対比というメリハリを与える意味でも重要なものだった。
続く「アルビノーニの弦楽のためのアダージョ」では、高見沢のギターとストリングスが一体となって美しいハーモニーを聴かせる。特に、エレキギターに付き物のフィードバック・サウンドと、ストリングスのパートを丁寧に合わせることで生まれる緊張感は至上。先ほどの激しさとは全く異なる意味で観客をグッと引き込む。本来オルガンが演じるべきパートにシンセサイザーが配されるなど、ギター以外のパートもしっかりとオーケストラの一部として機能していたことも、今回のコンサートの見どころの一つだった。演奏後、まずは高見沢とバンドが大きな拍手を受け、一足先に第一部のステージを後にした。
第一部のラストは西本とオーケストラによるエルガー「威風堂々」第1番。西本のリズムのタメを多用した指揮は、誰もが知っている名曲の演奏に新たな躍動感を与える。彼女がこれまでにもジャズやポップスのミュージシャンと違和感なく競演してきた理由に、こうしたリズム面での柔軟な姿勢と、一見それとは正反対と思われる、一切の迎合のないクラシック音楽への真摯な姿勢の絶妙な調和があることを改めて思い知るような演奏だった。
20分ほどの休憩を挟んで行われた第二部。いよいよ行われた『展覧会の絵』の演奏では、今回の競演の革新性がよりはっきりと表れていた。
『展覧会の絵』と言えば、かの有名なロック・バンド、EL&P(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)がアルバムで取り上げたことで、ロック・ファンにもよく知られており、今回のコンサートにあたって高見沢自身もEL&Pと出会った当時の衝撃を公演パンフレットの中で語っている。だが、EL&Pの『展覧会の絵』は、現代の耳で改めて聴き返してみると、我田引水的とも言える半ば強引な解釈が功を奏したものだったと思える。シンプルなリズムに対する解釈なども含めて、パンク的とも言える初期衝動の興奮が、その音楽の核となっているのだ。
それに対して、今回のコンサートは全く異なるアプローチが取られていた。同じく公演パンフレットで高見沢は「あの時代に、もしもエレキギターがあったとしたら、作曲者であるムソルグスキーは『展覧会の絵』どんな使い方をしただろうか?」と語る。つまり、ムソルグスキー(そして編曲者のラヴェル)が目指したものに出来るだけ寄り添いながら、現代から解釈するという、より伝統に重きを置いた方法論だったのだ。
ゆえに前半は高見沢のギターをはじめバンドは控えめ。もちろん作品全体をリードする役割を持つ「プロムナード」での演奏は押さえつつ、極めて慎重にオーケストラの演奏に音を重ね、ムソルグスキーの名曲にラヴェルが加えた音の“色彩”に、自らも色を加え、そのパレットを拡張していく。それは高見沢やバンドが単にプレーヤーとして優れているからだけではなく、熟練の“ミュージシャン”だからこそ実現できることだったと言える。ストリングスとギターのユニゾン、また、リハーサル時に西本の提案により取り入れた、ギターを擦った音をエフェクターに通してエコーさせることで生まれる、まさしくエレキギターならではの奏法も駆使しつつ、クライマックスに向けて演奏を構築していく様は実にスリリングであった。
“色彩”という言葉に注目すると、今回は視覚的な要素も見逃せない。色とりどりの照明を駆使したステージセットはそれだけでも見ものであり、こちらは通常のクラシックのコンサートではなかなか味わえない形で、『展覧会の絵』の世界を広げていた。
そうして、まさしく一つの“オーケストラ"となったバンドとイルミナートフィルは、現代に相応しい新たな『展覧会の絵』を完奏した。第一部から第二部を通して、バンドとオーケストラが次第に融合していくプロセスそれ自体も、今回のコンサートの大きな魅力だったと言える。
演奏後、西本と共にステージ前方に並んだ高見沢は、誇らしげにも、どこか気恥ずかしそうにも見えた。そんな2人に贈られた観客のスタンディング・オベーションに応える形で、バンドとオーケストラが予定にはなかったアンコールを実施。もう一度、ヴィヴァルディ「夏」<第3楽章>を演奏した。その演奏が、先ほどの緊張感とはうって変わって、完奏の喜びと解放感が感じられるものであったことは、逆説的にこの日の重圧の大きさを物語っていたと言える。それを達成した、ということを観ているこっちも誇らしく思えるような素晴らしいステージであった。
◆西本智実 次回公演
大和証券グループPresents
偉大なる作曲家達の恋文Vol.2~愛、やがて狂気に~
日時 2016年4月14日(木) 19:00開演 18:15開場
会場 紀尾井ホール
曲目:ベルリオーズ 幻想交響曲
サン=サーンス 交響詩「死の舞踏」
オッフェンバック 歌劇「ホフマン物語」より『舟歌』
指揮:西本智実 語り:佐久間良子
管弦楽:イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
S席8,000円 A席6,000円 B席5,000円
チケット取り扱い:チケットぴあ、イープラス、紀尾井ホールチケットセンター
公演お問い合わせ 03-3593-3221