音楽の種子、 蘇生する歌。
INTERVIEW 須藤晃(プロデューサー・音楽監督)
interview&text:末次安里
素手も同然で臨んだ『billboard classics 尾崎裕哉Premium Concert-「始まりの歌」-』(2016.9.4@よみうり大手町ホー
ル)、次いで半年と空けずに催された『billboard classics 尾崎裕哉 premium ensemble concert』(同11.27@東京文化会
館)のセットリストを再見していて、《27》という曲名に改めて眼が吸い込まれた。父子を繋ぐ縫い目が透けた。
「父親が26歳で死んだので…26を裕哉はすごく重要な齢と考えていたんだけど、彼も現在28、今度の7月24日の公演当
日(@東京芸術劇場)がちょうど誕生日ですので、尾崎裕哉は29歳になるんですね」
須藤晃氏の言葉を聞いて合点がいった。言わずと知れた尾崎豊や村下孝蔵(いずれも故人)、玉置浩二の音楽制作パー
トナーにして、今回の公演の音楽監督だ。
「つまり、最近の裕哉は“父親が生きなかった齢”を生きているんですね。花の中でも格別美しい花が枯れてしまって、
25年以上の歳月が過ぎた。それでも神様って不思議なものでね…同じ種を持つ裕哉がまた花を咲かせる。尾崎さんが死ん
でから生まれた人たちも25~26歳になり、裕哉の存在に興味を惹かれて、今度は自然と遡って父親にも興味を持つんだ
から不思議ですね」
寺山修司の一首をつい、連想させる。〈向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し〉。
次に尾崎豊の墓碑銘を凡そ四半世紀ぶりに想い出させる。〈生きること。それは日々を告白してゆくことだろう〉。
2年前の夏に上梓した自著『二世』(新潮社刊)の終章でこの父の墓碑銘を引きながら、尾崎裕哉は綴っている。
「この世界で生きることにともなうあらゆることに、自分なりの答えを提示していく役割を担っているのだと思う。
強さも、弱さも、正の感情だけでなく、負の感情も、僕は自分の曲に込めて歌っていきたい。」、そして「父親が遺して
くれたこの声で。」と最後を締めている。
2歳で父を失くした彼には面影の記憶が微塵もない。が、容姿の相似よりも「共通する気品」と「仕草や口癖が似ている
のに驚いた」と、須藤氏は語る。
「僕はどんなアーティストに対しても、ひたすらお互いの話をするスタンスで来た。で、僕が熱心に話していると『あ、
なるほど、なるほど』と応じるのが尾崎さんの口癖でね。その父親の記憶もなく、真似しようもないのに裕哉の口癖が
同じだったので驚いた…」
決して読書派ではないのに「どこか思慮深く、哲学者や宗教家の雰囲気を持ち合わせていた」尾崎のほうが時折、13歳
年上で読書好きの須藤を問い詰めた。
「彼はいろいろな質問をしてきましたが、いちばん強烈なパンチで忘れられないのが、“なぜ、生まれてきたんですか…
なぜ、人って生まれてくるんですか?”と訊かれた時。もう、あれには応えようがなかったですよね。でも、裕哉にも
どこか少しそういう面がある(笑)」
父親の後を継いで音楽家になる――裕哉が明確にそう意識したのは5歳時。小6になると豊のベスト盤を128MBのメモリ
ースティックに取り込み、祖父母から贈られた電子手帳で聴きまくった。それまではボストンから一時帰国し、父親の
墓参りの途上で親族がかけるBGMでしか接する機会がなかった。例年、一枚のアルバムが順繰りに選ばれて、墓地に
向かう車中で流された。なかでも裕哉の最初の記憶が『十七歳の地図』だという。
「SEVENTEEN’S MAPというアルバム名は、中上健次さんの小説『十九歳の地図』に出てくる主人公で、団地に住む
新聞配達の
少年のイメージが尾崎さんと似ていたことから発想した。それだけの話で、いわばインスピレーションからの産物なん
ですよ(笑)」そう述懐する須藤氏が、尾崎豊/尾崎裕哉を語る。
「裕哉が考えている以上に“尾崎豊”は日本人の心の中にいるんですね。もちろん、好きな人もいれば嫌いな人もいる。
でも、“嫌い”というのは“好き”と同じことなんですよ、僕に言わせれば。要は全く関心のないという人はいない。伝統
芸能のようなものなんですよ、尾崎豊というのは。その同じ道を選ぶ二世のハードルは高いし難儀だろうけれども、
敢えてそこに走り込んできた尾崎裕哉をやはり僕は出来る限り応援していきたい」
7月24日@東京芸術劇場と8月12日@兵庫県立芸術文化センターで、尾崎裕哉が新たな海図を拡げる。
尾崎印の帆を靡かせる、そのオリジナルな風の強度は、どんな響きで聴衆を揺らすだろうか。(協力 intoxicate)
◆須藤晃 すどうあきら
音楽プロデューサー。富山県出身。東京大学文学部英文科卒。
尾崎豊、村下孝蔵、玉置浩二、石崎ひゅーいらの制作パートナーであり、富山オーバード・ホール芸術監督を務めている。